大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和44年(オ)118号 判決

上告人

青木健治

代理人

堀江喜熊

被上告人

株式会社日毛洋服店

右代表者

木村千敏

被上告人

木村千敏

右両名代理人

加藤茂樹

加藤礼一

主文

原判決を破棄し、本件を名古屋高等裁判所金沢支部に差し戻す。

理由

上告代理人堀江喜熊の上告理由について。

本訴における上告人の請求原因は、これを要約すれば、「上告人は、被上告会社が振出人として署名し、金額一二万円、満期昭和四二年七月四日、支払地および振出地福井市、支払場所福井銀行呉服町支店、振出日昭和四二年六月四日、受取人および第一裏書人斉川義雄と記載された本件約束手形の所持人であつて、満期の翌日である同年七月五日右手形を支払場所に呈示して支払を求めたところ、これを拒絶された。しかして、上告人は、同四一年一〇月一三日、被上告会社、被上告人木村および訴外斉川義雄との間で、被上告会社が振り出しまたは裏書をし上告人が取得した手形につき、被上告会社において手形上の債務を履行しないときは、被上告会社は手形金と履行遅滞後完済に至るまで日歩九銭の割合による遅延損害金とを支払い、被上告人木村および訴外斉川はこれを連帯して保証する旨の手形取引契約を締結したが、本件手形は右契約に基づいて振り出されたものである。そこで、被上告会社に対しては本件手形の振出人として、また被上告人木村に対してはその連帯保証人として、各自本件手形金一二万円および満期の翌日である昭和四二年七月五日以降完済に至るまで約定の日歩九銭の割合による遅延損害金の支払を求める」というのである。これに対し、被上告人らは、「本件手形は、被上告会社において振り出したものではなく、被上告会社の代表取締役である被上告人木村が、昭和四二年六月中旬ごろ、手形要件につき振出地および受取人欄を除くほか上告人の前記主張のとおり記載したうえ福井市内を携行しているうち、これを紛失したため、被上告会社において、同年七月二五日、福井簡易裁判所に対し公示催告および除権判決の申立をしたところ、同四三年三月一五日除権判決の言渡があり、同判決は確定したので、被上告人らには上告人に対する本件手形金の支払義務はない。なお、右手形は、訴外高原定海が被上告人木村の着衣のポケットから盗取し、これを訴外斉川または上告人に交付し割引を受けたものであることが判明した」旨を主張したところ、原審は、本件手形について被上告人ら主張のとおり除権判決が確定した事実のみを確定したうえ、上告人は本件手形の所持人とは認められないから、その所持人であることを前提とする上告人の本訴請求は理由がない、としてこれを排斥したのである。

しかしながら、原判決の右見解はたやすく是認することができない、その理由は、つぎのとおりである。

手形の流通証券としての特質にかんがみれば、流通におく意思をもつて約束手形に振出人としての署名をした者は、たまたま紛失または盗難のため、右手形が自己の意思によらないで流通におかれた場合でも、連続した裏書のある右手形の所持人に対しては、悪意または重大な過失によつて同人がこれを取得したことを主張・立証しないかぎり、振出人としての手形上の責任を免れえないものと解すべきことは、当裁判所の判例とするところである(昭和四一年(オ)第五六八号同四六年一一月一六日第三小法廷判決参照)。そして、このように約束手形に振出人として署名したが、みずからこれを流通におく前に盗取されまたは紛失した者に対して公示催告および除権判決の申立権が認められるのは、除権判決により喪失した手形を無効にして、除権判決の確定後その無効になつた手形を悪意または重大な過失なくして取得した者が右の振出署名者に対して手形上の責任を追求する場合に、除権判決の存在をもつてこれに対抗し、その支払を拒絶することができるようにするためであつて、除権判決が確定したからといつて、その確定前に喪失手形を悪意または重大な過失なくして取得し、その振出署名者に対して振出人としての責任を追求しえた者の実質的権利までも消滅させようとするものではないと解するのが相当である。けだし、約束手形に振出人として署名をした者は、その手形の債務者となるにとどまり、手形上の権利を取得するものではなく、したがつて、かかる者による公示催告および除権判決の申立は、自己の権利行使の資格を回復するためのものではなくして、もつぱらみずから負担するにいたる危険のある手形債務につき免責を得ることを目的とするのであつて、適法に振り出された手形の所持人がその手形を喪失して公示催告の申立をした場合のように除権判決の確定前に当該手形の善意取得者が現われて、除権判決により権利行使の資格を回復した手形喪失者との間に、権利行使の資格の競合状態を生ずるおそれはないから、除権判決上の権利取得者の権利を否定する必要はないからである。もつとも、この場合においても、除権判決の確定によつて手形が無効に帰する事実は、公示催告申立人の盗難または紛争に関する主張の真否にかかわらず、否定することができないから、当該手形について実質的権利を有していた者も、除権判決確定後は無効な手形を所持するにとどまり、手形上の権利を行使するについて形式的資格を失うこととなるのを免れないが、元来、手形上の権利の行使に際して手形の所持とその呈示が必要とされるのは、手形の流通証券たる性質上、手形債務者をして債権者の確知を容易ならしめるとともに、手形を受け戻すことにより二重払いの危険を免れさせようとするにあるから、振出署名者の申立にかかる除権判決によつて当該手形が無効となつたことが明らかである場合には、無効に帰した手形を所持する実質的権利者は、除権判決前にすでに手形上の権利を取得し、除権判決の当時手形の適法な所持人であつたことを主張、立証することにより、その権利を行使することができるものと解するのが相当である。

いま、本件についてこれをみるに、被上告会社の代表者は、被上告人ら主張のような記載をした本件手形を携行中紛失したというのであるが、手形用紙に一定の手形要件を記入してこれに振出人として署名をした者は、特段の事情のないかぎり、流通におく意思で手形を作成したものと解すべきであるから、上告人が除権判決前にすでに本件手形を取得していたことが訴訟の経過に照らして明らかな本件においては、上告人が裏書の連続した本件手形の所持人であるならば、被上告会社は、悪意または重大な過失により上告人が本件手形を取得したことを主張、立証しないかぎり、手形上の責任を免れえなかつたものであり、また、もし被上告人ら主張の盗難または紛失の事実が認められず、被上告会社の意思に基づいて本件手形が流通におかれたものであるとするならば、被上告会社は、もともと、上告人が無権利者であることを積極的に主張・立証しないかぎり、手形上の責任を免れえなかつたのであるから、かかる主張・立証のなされない以上、上告人が本件手形の実質的権利者であることは当然といわなければならない。しかも、上告人は、原審において、本件手形金については実質的権利を行使してその支払を求めるものであつて、被上告会社の得た除権判決により本件手形の無効となつたことが本訴請求の当否に影響を及ぼすものでない旨を主張していることは、原判決の摘示するところにより明らかである。

しかるに、原審は、上告人の本訴請求は有効な約束手形の所持人であることを前提にするものであるとし、本件手形が除権判決の確定により無効に帰したことのみを理由として、上告人の請求を排斥しているのであつて、叙上の点に照らすと、原判決には手形法および除権判決の効力に関する法令の解釈適用を誤つた違法があるというべきであるから、論旨は結局理由があり、原判決は破棄を免れない。

よつて、民訴法四〇七条に則り、上告人の本訴請求の当否につきさらに審理を尽させるため、本件を原審に差し戻すこととし、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(藤林益三 岩田誠 大隅健一郎 下田武三 岸盛一)

上告代理人の上告理由

一、被上告人は原審において、本件約束手形については被上告会社が昭和四二年七月二五日、福井簡易裁判所になした除権判決の申立に対し、同裁判所において昭和四三年三月一五日除権判決が為され該判決は確定した。よつて被上告人等は上告人に対し、本件約束手形金を支払う義務はない旨を主張したのに対し上告人は、右除権判決言渡前である昭和四三年二月六日、上告人は既に本件約束手形金について、実質的請求権を行使し、本訴を提起したものであるから、これにより本件約束手形金について権利拘束が発生した。従つて右の如き形式上の除権判決をもつてしては、本件上告人の実質上の請求権行使に何等の効力を及ぼさない旨を反論した。

右に対し原審は『除権判決の言渡前に、本件の提起があつたとしても、右除権判決後である本件口頭弁論の終結時においては、上告人をもつて本件約束手形の所持人とは認め難いので、本件約束手形の所持人であることを前提とする上告人の被上告人らに対する本訴請求は、その前提において失当であるから之を棄却する』旨判決した。

二、然れ共原審判決は、民事訴訟法第二三一条の解釈を誤つたもので破毀せらるべきものと信ずる。

即ち上告人は、本件除権判決言渡前(公示催告期間内)である昭和四三年二月六日、被上告人を相手取り、福井地方裁判所に本件手形金請求訴訟を提起し、右訴状は被告に送達せられ、且つ上告人は口頭弁論において本件手形を呈示の上、実体的請求権を行使したから、茲に訴訟物たる本件手形金について権利拘束を発生した。

即ちこのことにより、上告人と国家間に訴訟的法律関係を生ずるから、裁判所は訴訟を完結するに必要なる行為を為すことを要し、この訴訟物の権利拘束は、確定の終局判決・請求の認諾・又は訴訟上の和解・乃至訴の取下等による訴訟的法律関係の解消するに至るまで存続する。

従つて上告人は、右公示催告あるにかかわらず、所轄裁判所に重ねて本件手形上の権利の届出乃至右約束手形の提出を必要としないものである。蓋し国家に対する私権保護の請求は、一つの裁判手続をもつて足り、二重の手続は、これを為し得ないものであることは、民事訴訟法第二三一条の規定するところである。

即ち一定の当事事間に、特定の請求、国内の一定の裁判所で、判決手続の対象として処理されつつある状態が継続している限り、この訴訟繋属という関係は、法律上当事者を覊束することは勿論であるから、この状態下において為された単なる除権を目的とする手続上の判決は、既に発生した本件実体上の請求権行使に何等の効力を及ぼさないものである(民事訴訟法第七六四条、七六九条、七八四条)。

本件手形に付、除権判決が為されたのは昭和四三年三月一五日である。次いで本件に付手形判決が言渡されたのは、右除権判決確定前である昭和四三年四月八日である。従つて、右二個判決中、新しき本件第一審判決をもつて、国家の新しき意志表示として、これに効力を認めるべきであることも理の当然である。

而して、右除権判決は、前述の如く、本件第一審判決に何等の影響を及ぼさないのみならず、その効力は既往に遡らないから、右判決あるにかかわらず、現在上告人が本件手形の所持人であることに、これ又何等の消長を来たすものではない。

(被上告人は、第一審における答弁書二項末段において、公示催告並に除権判決の申立をした旨の抗弁を提出したが、第一審はそれにかかわらず、上告人に勝訴の判決を言渡した。)

即ち原審判決は民事訴訟法第二三一条の解釈を誤つたものと思料する。因つて破毀せらるべきである。          以上

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